last updated 1997/09/19
第127話(全130話)
バアグ(3/5)
バアグは言う。
「そしてわしはここへ閉じ込められた。この封印の中にな。闇の中でわしは、わしを怪物にし
た世界を呪い続けていた。だが、ある時、わしは光をみつけた。いま、わしがうずくまってい
るこの光だ。光の向こうに何があるかわかるか、ピート」
問われて、けれどピートは首を振る。
「わかるはずだ」とバアグ。「お前はそれを求めて、ここまで来たのだから」
「帰り道ですか? 地球へと続く、ぼくの帰り道ですか?」
「そうだ。テラとテオを結ぶリボンがこの光の中にはあった。わしはそのリボンを辿って、テ
ラへと出掛けて行くことを憶えた。テラはこんな怪物のわしにさえ野蛮と思えるような未開の
星だった。だからこそ、わしは誰も涙を流さない豊かな星を育ててみたいと思った。知恵を授
け、技術を授け、そうこうするうちに、わしは神と呼ばれるようになった。角があるから牛だ
と思われ、牙があるから犬だと思われ、長い尾を見て蛇だと思われた」
「牛に犬に蛇」
みんな世界のどこかしらでは聖なる動物たちだ。蛇はエデンの園でイヴをそそのかした(つ
まり知恵を授けたものであり、こちらは聖なるものできなく、邪悪なものと思われている文化
もあるけれど)生き物だ。それが別の文化では神として崇められる。たとえばドラゴンが西洋
では悪魔の化身で、東洋では神格化され聖なるものとされるのと同じ。
「ドラゴンか。わしはドラゴンと間違われたこともあった。いずれにせよ、わしは怪物から神
へと代わり、大いに満足したよ。いや、慢心したのかもしれん。テラはテオとはまた別の意味
で歪んだ星となってしまった。テオは自然を大事にするあまり、人間たちが身を縮めているよ
うなところがある。相手を思いやるために、自分をないがしろにする星だ。テラは逆となった
。自然が人間を苦しめるのなら、自然を制圧しようと考えるようになった。涙は自分の手で拭
うのだと、テラでは思うようになった。わしは戸惑った。テオにはちいさな女の子を救うだけ
の進歩が足りなかった。テラは病を克服する知恵と科学を持つ反面、自然を苛め、苦しめ、悲
鳴を上げさせる星となってしまった」
バアグはタメ息をつく。
「長い年月が流れたようで、わしにとってはわずかな時間だった。わずかな間でテオとテラは
合わせ鏡のような文化を持つ星となって、お互いに影響を与え合うようになった。・・しかし
テラの進歩へのどん欲な欲求は、テラの自然を根こそぎ荒らし回って、星としてのバランスを
失いそうになっている。合わせ鏡の片方が歪めば、もう一方とて平らなままではいられん。テ
ラのバランスの乱れがテオのバランスの乱れとなって侵食をはじめてしまっている」
「だから、ぼくがここへ引き込まれた?」とピート。「でも何故です。ぼくにテラのバランス
を修復しろと言いたいんなら、そんなのは無理です。ぼくひとりでそんな大きなこと、できる
わけないじゃないですか」
「違う。わしはお前が英雄のように振る舞えるから、お前をここへ導いたのではない。お前に
テラを救い、そしてその結果としてテオを守れ、などと言うつもりもない。そんなのは誰であ
ろうと個人の力では無理だ」
「だったら、どうして」
「個人では何も動かせない。だから大勢の力がいる。大勢の心を動かす必要がある。長い年月
に渡って、人々を動かし続ける力が、どうしても必要だ」
「どういうことですか?」
「わからないかね? わしはいま、物語の力が必要だと、そう言ってるんだ」
「物語・・」
「ピートならわかるはずだ。物語の力が人々を動かすことを。それはマリカと続けた旅によっ
て、確認できたはずだ」
言われて、ピートは思い当たる。確かに、困難にぶつかるたびに、ぼくは物語の主人公たち
のことを考えていた。ドロシーのことを。アリスのことを。ナルニア国のことを。そしておと
ぎの国の森のことを、ぼくは考えていた。いつだって、マリイアの童話の一節を引用すること
で、進むべき道を選んできた。
それが
・・力?
人々を動かす力なの?
「物語は長く強く人間の心を揺さぶり続ける。人間に創造力の果てにある大きな世界を夢想さ
せることができる。そして、人々に心をはばたかせる力を与える。ひとつの言葉が、百億の民
の魂に刻まれる。それが力だ。その力を知っている少年だからこそ、ピートはここへ導かれた
のだ」
「ぼくに物語を語れと? でもどんな」
「風に従え。伝えるべき言葉はお前の心の中にすでに蓄えられているはずだ。テオのことを、
マリカのことを、カブッチャーやチイジイのことを、そしてアーバムのトートム・ポールのこ
とを、ケダックの巨大外輪船のことを、お前は語るだろう。そしてこう物語に記すはずだ。テ
オというもうひとつの世界があり、そこにはドラゴンの舞う空があり、ウィンガの群れ飛ぶ森
がある、と」
「それでバランスは回復するんですか?」
「そう願っている」
バアグは言った。
「お前は風だ。風がテオとテラとの間を吹き抜け、テオからの風をテラへと吹き流すのだ。そ
こに満ちる共生という名の風を。自然と人間との互いを癒し合う関係を。人々は知る。どこか
にテオがあり、そこにはフィンフィンが暮らしていると。童話の中の、ちいさな風景かもしれ
ない。しかしその風景が人々の心に刻まれた時、テラの人々の心にテオが生きはじめる」
(つづく)
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